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<竹内浩三のプロフィール>
1921年三重県宇治山田市に生まれる。34年、宇治山田中学校に入学。同級生と共に「まんがのよろずや」「マンガ」「ぱんち」と題した手作りの回覧雑誌を作る。担任の数学者も驚くほど、幾何学の成績が抜群だったが、教練は不合格。40年、日本大学専門部映画科(現日大芸術学部)へ入学。42年、友人らと『伊勢文学』を創刊。同年10月に三重県久居町の中部第三十八部隊に入営、43年に茨城県西筑波飛行場へ転属される。44年1月1日から、「筑波日記一」の執筆を開始。7月27日に「筑波日記二」中断、12月、斬り込み隊員として比島へ向かう。45年4月9日、「比島バギオ北方一〇五二高地にて戦死」(三重県庁の公報による)。享年23歳。
■2006年度ノーベル文学賞受賞作家、オルハン・パムク著
『わたしの名は紅』の装幀をしました。
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